広島高等裁判所 昭和27年(ネ)161号 判決 1953年1月06日
控訴人 被申請人 木村光義
訴訟代理人 水田謙一
被控訴人 申請人 田口与助
訴訟代理人 望月第三郎
主文
原判決を取消す。
本件につき広島地方裁判所が昭和二七年六月一六日なした仮処分決定はこれを取消す。
被控訴人の申請はこれを棄却する。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。
この判決は第一、二項に限り仮に執行することができる。
事実
控訴代理人は主文第一乃至第四項と同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は 被控訴代理人において、「被控訴人が訴外和田義之から賃借した土地の賃借期間は三年の定めであつたが、借地法の規定により三十年の存続期間が認められる。仮りにそうでないとしても被控訴人は賃借期間の三年経過後も右訴外人に対し地代を支払つておるので賃貸借契約は存続しておる。」と述べ、控訴代理人において「被控訴人主張事実のうち被控訴人がその主張の日訴外和田義之から同人所有の広島市富士見町二三九番地の六三宅地四十七坪を建物所有の目的で期間は三年の定めで賃貸して、該地上に家屋を所有していたこと及び右宅地が特別都市計劃法に基く区劃整理によつて換地せられたことはこれを認めるが、被控訴人が右換地に引続き借地権を有することはこれを否認する。控訴人は被控訴人の前記借地権は約定の賃借期間三年の経過により消滅したものと信じて本件土地を買受けたものである。契約解除による借地権消滅の抗弁はこれを撤回する。昭和二七年六月五日午前六時頃被控訴人が控訴人に対し今から土地代金を工面するからと申向けたこと及び同日午前十時頃訴外小早川優が控訴人に対し、被控訴人宅へ右代金を受取りに行つてくれ、というた事実はあるが同人等がその際代金十三万円を持参して控訴人に提供したことはない。」と述べたほか、原判決の事実摘示も同一であるから、ここにこれを引用する。
被控訴代理人は疏明として甲第一乃至第六号証を提出し、原審における証人田口義実の証言を援用し、乙第一号証の一、第二号証の一、二、第一〇号証は不知、その余の乙号各証の成立を認める、と述べた。
控訴代理人は疏明として乙第一、二号証の各一、二、第三(第四号証は欠号)、五号証、第六号証の一、二、三、第七、八号証、第九号証の一、二、第一〇乃至第一二号証を提出し、当審証人小早川優、木村宏の各証言及び原審における控訴本人尋問の結果を援用した。
理由
被控訴人が昭和二四年三月一七日訴外和田義之から同人所有の広島市富士見町二三九番地の六三宅地四十七坪を建物所有の目的で期間は三年の定めで賃借して、該地上に建物を所有していたこと、右宅地が特別都市計劃法に基く、区劃整理によつて所在地表示三二八符合第三八の一番宅地三五坪一合四勺に換地せられたこと、昭和二七年三月四日控訴人が和田義之から右換地を買いうけてこれが所有権を取得したことはいずれも当事者間に争のないところである。そして控訴人が右換地を買いうける前に前記建物につき被控訴人名義の所有権取得登記のなされたことは控訴人の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。そうすると、被控訴人は右換地予定地につき特別都市計劃法第一四条により使用権をえて建物保護に関する法律第一条によりこれを控訴人に対抗できるものといわなければならない。
よつて控訴人主張の借地権消滅の抗弁につき判断するに、昭和二七年四月二三日当事者双方と訴外和田義之との三者間で、被控訴人から前記換地を代金十三万円で買受け、代金は同年五月三一日までに支払うこと、右代金を期限までに支払わないときは契約は無効とし、被控訴人は右宅地の借地権を放棄して控訴人及び右訴外人に対し借地権を主張しないことの定めで和解契約が成立し、その後当事者合意の上右代金支払の期限を同年六月四日まで延期されたところ、同日までに代金の支払がなされなかつたことは当事者に争がない。
被控訴人は代金支払期日の翌日である同年六月五日午前六時に代金十三万円を控訴人方に持参して提供したのに拘らず控訴人はこれが受領を拒絶したのであつて、右は信義誠実に反し且つ権利の濫用であるから、前記契約に定めた借地権放棄の特約の効果は発生しない、と主張するのでこの点につき判断するに、成立に争のない甲第九号証の一、二第一二号証に当審証人小早川優、木村宏及び原審における控訴人の各供述を綜合して考えると、次の事実を疏明することができる。すなわち、控訴人は本件土地に被控訴人の借地権があるとは知らないでこれを和田義之から買受け、その地上に建物を新築するため地均らしをして本組にとりかかつたところ被控訴人が借地権を主張して控訴人及び和田義之を相手方として広島地方裁判所に建築禁止の仮処分を申請し、申請どおりの仮処分決定がなされたため控訴人の建築工事の続行ができなくなつたので、訴外小早川優のあつせんで当事者双方及び和田義之の法定代理人里田サダ子の三者が集つて協議の末昭和二七年四月一五日頃控訴人はやむなく譲歩して被控訴人に対し代金一五万六千円(内金二万六千円は和田義之において負担)で売渡す契約をし、代金は一週間以内に支払うこととし、若し期限までに代金を支払わないときは被控訴人は借地権を放棄し、控訴人において建築を続行しても差支ない旨特約をしたところ、被控訴人は一週間経つても、代金の支払ができなかつたので、小早川のあつせんで弁済期を同年五月三一日まで延期して貰つた。ところが右期限がすぎても依然として代金の支払ができないので被控訴人は更に小早川を介して控訴人に延期を懇請して一旦断わられ、控訴人の間借先である木村宏のとりなしで漸く六月四日まで延期して貰つたが、同日までに代金の支払ができないで翌五日の朝代金を控訴人方に持参して提供したけれども、既に再三期限におくれているし、元々控訴人は自ら使用する目的で本件土地を買受けたものであるので、代金の受領を拒んで前記特約による効果を主張するに至つた事実を疏明するに十分であつて他に右疏明を左右するに足る疏明資料はない。
以上疏明せられた事実関係に徴すれば、控訴人の弁済期後の弁済の提供を受領しなかつたことは何等信義に反するものでもなく、又権利の濫用にもならないものというべく、被控訴人は前記特約に基き控訴人に対し本件土地の上に借地権を主張することはできなくなつたものと一応認められる。
そうすると、本件土地につき借地権を有することを前提とする被控訴人の本件仮処分決定の申請は被保金権利の疏明を欠くものとして棄却せらるべきであるのに、これを許容した原判決は取消を免れない。
よつて民事訴訟法第三八六条、第一九六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 植山日二 判事 佐伯欽治 判事 宮田信夫)